HIGE DE BOIN

堂本剛ファンブログ

京都旅行記(2018)

奉納演奏は毎回特別な思いで見ていますが、今年の平安神宮は一層特別に感じました。あの空気も全て覚えておきたくて、ブログらしく旅行記らしきものを書きました。奉納演奏鑑賞記のはずが、すっとこどっこい一人酒飲み日記。私は何を覚えておきたかったんだ。この春~秋の感想を書くまでの景気づけです。

帰宅した翌4日には台風21号が本州に上陸し、関西を中心に大きな被害をもたらしました。岡崎公園の樹木も倒れ、平安神宮との間の道路を塞いでいました。災害が起こって改めて思い知る自然の力に対し、上滑りしていく自分の「祈る」という言葉の軽さ。普段考えて生きていないから、こういう時に自分の中に言葉がないことに気がつきます。

祈りの場、信仰の場で行われる堂本剛さんの奉納公演は、私にとって、そうした自然の力や人の祈り、そして心の在り様や生や死といった、普段考えずに過ごしているものを感じる機会になっているように思います。

 

■8月31日金曜日。1日目。

半日有給を取って京都へ。朝は曇りだった天気が博多を発つ時は大雨に。京都は夕方から雨の予報。

余裕をみて向かうつもりがギリギリになり、リミットと決めていた新幹線に滑り込む。それでも忘れず買ってる缶ビール。もはや「仕事上がりの新幹線=ビール」は無意識の条件反射で、ぐぐーっと飲んでから「しまった今日は奉納演奏なんだ」と思ったけれど後の祭り。いや大丈夫。19時の開演まであと5時間。始まる頃には醒めているはず。朝握ったおにぎりを食べる。

豪雨の大阪を抜けて京都へ着く。あの雨雲がこちらへやって来るんだろうか。バスで宿へ向かっていると雨が降り出し、あっという間に土砂降りに。雷も落ちる。近い。

宿でシャワーを浴び、雨装備を持って徒歩で平安神宮へ。うひゃあ、大雨。連れと應天門で待ち合わせチケットを渡して境内へ入り歩廊で身支度。カッパは蒸し暑くサウナ状態。こりゃ痩せる。この時は20分後、奉納演奏の開演と共に雨が止むとは想像もしていなかった…。

【奉納演奏のレポはこちら】(予定)

終演後、平安神宮近くで軽く1杯。雨とカッパサウナとライブの余韻で連れの顔がホコホコテカテカしている。面白いので指摘したいけれどこっちも同じだろうから黙っている。「凄かったなあ」「凄かったねえ」。「かっこよかったねえ」「ほんまやなあ」。「最後のセッション楽しかったねえ」「楽しかったなあ」。阿呆のような会話をする30代二人。

大阪へ帰る連れを見送り、飲み足りないので一人で二件目へ。お店の人と銭湯の話になる。京都は銭湯が多くこの近所にも何軒かあるらしい。早速帰りに寄る。貸タオル80円に石鹸諸々数十円。AM2:00就寝。

 

■9月1日土曜日。2日目。

11時起床。寝過ごす。今日も丁度公演時間の雨予報。

身支度をして平安神宮にお参り。絵馬を奉納。「堂本剛さんの音楽が」まで書いてペンが止まる。これからも充実したものでありますように。多くの人に届きますように。健康と共にありますように。うーん、何か違う気が。これは書き出しをミスった。散々悩んで書き終えたけれど、何と書いたか思い出せない。

そのまま歩いて観世能楽堂へ。12時半から17時までの長丁場に備えて食料を買おうとコンビニに寄ったところ猛烈な通り雨に遭う。コンビニの前の縁台で平安神宮の鳥居を眺めながら買ったばかりのおにぎりを食べる。

林定期能を鑑賞。最初に河村晴久さんによる今日の演目の解説。一度死んで地獄をさまよったのち蘇生した『歌占』の渡会の何某(シテ:河村浩太郎)の狂気の曲舞。我が子を大臣の世継にするため命を落として宝珠を手にした『海士』の海女(シテ:林宗一郎)の慈悲。

 

「これらの物語が作られた中世は、死が身近なものでした。生きることが大変な時代でした。我々が普段忘れている生や死というものを目の前に見せてくれる。それが能というものだと思います。だから能は少しも古くないんです」

 

ああ、それは。もしかするとたぶんそれは。

私が剛くんの奉納公演で感じることは、剛くんの音楽で感じるものは、それなのかもしれない。

 

他にもとてもいいお話をされていて、入り口で渡された紙にメモをとったのだけれど、どうやらアンケート用紙に書いたらしく提出したので手元になし。だからどうしてこう間が抜けているの。

能は三島由紀夫の『近代能楽集』の知識しかない。ただ20代前半の一時期、歌舞伎にハマっていたので謡曲もそこそこ分かるだろうと考えていたのだけれど甘かった。さっぱり聞き取れない。休憩時間に売店で500円の謡曲と対訳が書かれた冊子を購入する。謡本を見ながら鑑賞している人が多い。お稽古通ってらっしゃるんだろうな。能のグルーヴは気持ちいい。そしてとても面白い。

おうどんを食べて1回宿に戻ってから、岡崎公園へ。ポツポツと小雨。

100~200人ほどの人。若いカップルや一人で来ている男性や年配のご夫婦などもいて、年齢層が幅広い。じっと動かず話し声もせず、みんなとても静かに聞いていた。車の音。風の音。虫の声。平安神宮の神域で鳴る音楽。漏れる光。風に乗って飛んでくるシャボン玉。剛くんの歌。今日も演奏中、雨は全く降らなかった。

きっちり20:30に演奏が終わり、中からの音が聞こえなくなる。終演まであと20分。今日はどんな話をしているんだろう。昨日は何と言っていたっけ。境内の門が開いて騒がしくなる前に離れる。

身体の隅々まで音楽が染み渡ったような不思議な感覚。こわな夜は絶対日本酒。酢の物。おひたし。煮物。焼き物。飲む前から何だかふわふわしていて、こういう時は飲みすぎると危険と思いつつぐびーっと。「堂本剛くんの平安神宮奉納演奏で京都に来た」と言うと大将に「ああやっぱりそうですか」と言われる。顔につよしファンと書いてあるらしい。

 

■9月2日日曜日。3日目。

前日の予報では曇りだったが、やっぱり夕方が雨に変わっている。でもなんとなく大丈夫じゃないかと思う。きっと公演中は降らない。

とりあえず京都駅に行き、荷物をロッカーへ預けて食事。朝ごはんだか昼ごはんだか。卵焼きが甘くない。ああ関西だ。気づいたらビールを頼んでいる。うう。なぜこうなるの。隣のおじさんが日本酒を注文。うううう。しかし開演までここで飲んでるわけにもいかない。ぐでぐでになってしまう。

さてどこに行こう。アクセスもいい智積院三十三間堂国立博物館、時間があれば妙法寺に養源院にする。

智積院。本堂にお参りをして収蔵庫へ。長谷川等伯の『楓図』と『松に秋草図』をぼーっと見ているとあっという間に1時間たつ。だいたいいつもこの二つを見て力尽きる。今回も暑いしお庭はまた今度。

三十三間堂へ。大迫力の本堂。まず最初の風神様に再来週の奈良の奉納公演に台風が来ないよう浄財箱に10円玉を入れて祈願。次は音楽の神様。奉納演奏の無事を祈願して10円。こっちも音楽神。10円。また音楽神。しかも蛇。10円。竜王。魚神。ああどの神様も剛くんを守ってくれそう。ご本尊につく前に原資(10円玉)がなくなる。1円玉はさすがにどうだろう。うううと悩んで100円玉入れてお線香を。一番奥は雷神様。ああ、雷。今日雷注意報が出てたっけ。ええい100円。なんとも世俗的なお参りである。

二十八部衆立像で一番好きな婆藪仙人像の前にぼーっと10分。帝釈天神母天も離れがたい。一通り観たら、土門拳の写真の位置や気になる観音さまを探してうろうろ。やっぱり最前列にいらっしゃる観音さまたちが端正なお姿をされているんだけれど、後ろの列にもハッとするような観音さまがいらっしゃって、それを見つけるのが楽しい。なんだか大人数のアイドルグループファンの感想のよう。ほんとに世俗的なお参りである。すぐに1時間半たつ。これだから一人旅しかできないんだ。

疲れたので国立博物館で涼む。新館になって初訪問。見たかった絵が悉くなかったけれど、企画展示の知恩寺『蝦蟇鉄拐図』(顔輝)が見られて満足。ぼーっと休憩していたら、体験コーナーにいた学芸員さんが岩絵の具の成り立ちや玉眼の技法を教えてくれる。

平安神宮へ。應天門の前で突然の雷雨。待ち合わせの相手と境内のあっちとこっちで、設営された会場を見ながらしばし雨宿り。15分ほどで止む。京都の天気が荒ぶっている。

開演まで2時間ちょい。喫茶店へ。途中、「堂本あるよ~」「余ってたら買うよ~」と呟く懐かしいタイプのダフ屋とすれ違う。お茶の予定が定食を注文している我々。サマソニの話。イナズマの話。喫茶店を出るとすっかり雨は通り過ぎ、涼しい風が吹いている。

【奉納演奏のレポはこちら】(予定)

終演後、タクシーを拾って京都駅へ。ホームでグッズを身に着けた人をちらほら見る。ビールを1本あけたらあっという間に睡魔が。終電はとっくに終わっていて、今日は広島まで。明日の朝に博多へ。

ホテルについたら1Fに居酒屋。ああ、目をやるんじゃなかった。ビールと付け出し。もう一杯だけビール。おなか空いてないから付け出しおかわり。なんだこの注文は。どっと疲れが押し寄せてくる。ありったけの目覚ましとモーニングコールをセットして就寝。

 

そうだ京都、行こう。 (淡交ムック)

そうだ京都、行こう。 (淡交ムック)

 

※毎度のことだけど写真がない。