HIGE DE BOIN

堂本剛ファンブログ

僕から生まれるいくつもの僕を(平安神宮LIVE中止を受けて)

堂本剛 平安神宮 LIVE』の中止が発表されました。(8月8日)


あとはもう、剛くんの復帰を待つのみです。


12才でジャニーズ事務所に入って14才には本格的に仕事を始め、それから20年以上芸能界で走り続けてきた剛くん。

今回の平安神宮に関して個人的に勝手にこうなったらいいなと思っていたのは、奉納ライブでファンの前に立つことを一つの区切りとして、それから半年なり1年なり無期限なり、剛くんがしっかりと休養をとるということでした。

音楽以外の仕事に既に復帰していることを考えると、そうした選択肢はもうないのだと思いますが、ストレスや疲れが溜まっているのは事実でしょうし、出来ることならしばらくのんびりとして欲しいなあ。
偏頭痛でMRIに入った話や、何年も(おそらくストレスによる)歯ぎしりが続いているという話など、色々と心配です。

彼のような自分の人生を糧にしていくタイプの表現者にとって、休養が無駄な経験になることはないと思うのです。

ラジオで突発性難聴について「早めに処置出来てない人は5年とかかかってる」というようなことを言っていましたが、口にする以上に、剛くんは色々なことを考え自分の未来を見据えているんだろうなという気もします。

 
■僕から生まれるいくつもの僕を

こんなことを考えるのはきっと、私が『正直しんどい』や『24CANNEL』が終わってから、もう10年近く堂本剛の音楽を中心に追っているファンで、その他の活動は取りこぼしまくっているので、極論を言うと例え1年以上活動がなくても今とあまり状況に変わりがないからです。

それは、堂本剛が音楽を自分の一生の仕事だと語っているのを考えると非常に寂しいことなのですが、彼がそうした活動ペースをレーベルからもファンからも許されてきたアーティストだと言うことでもあります。
裏を返せば、そうした活動ペースしか許されなかったという言い方も出来るかも知れません。

ただ、いちファンである私にとって重要なことは、どちらの立場に立つかではなく、その全ての結果として、現在の堂本剛のアーティストとして唯一無二のアイデンティティと作品があるということです。


そんな、日頃、表に向けた活動時間が多いといえないミュージシャンの堂本剛が20年以上に渡って芸能界で安定した存在であり続けているのは、もちろん彼がKinKi Kidsのメンバーだからです。

KinKiがファンを大切にしていて、KinKiファンもKinKiを大切に思っているのは、コンサートに行くとよく分かりますし、CD等の売り上げをみても感じます。

剛くん本人や周囲の方々にとっても、芸能界という、実力や運ばかりでなく、部外者には分からない「何か」が大きく作用する世界では、活動を続けるということがとても大きなことなんだろうとも思います。


と、我ながら呆れるくらいに無責任なことをつらつらと書きましたが、KinKiのファンの方にとっては私の勝手極まりない思いは「何言ってるの?」という感じでしょうし、剛くんが仕事を大切にしているのを知っているオンリーファンにとっても同様だろうと思います。

自分のようなファンが剛くんのファンの中で超少数派で、KinKi Kidsが本人たちや事務所にとって重要なものであることも、そのファンの方々がへっぽこ剛ファンの私などよりもずっと真剣に二人を応援していることも分かっておりますし、そもそも剛くんに無理やり休んで欲しいわけでは決してありません。

読んだ方に共感して頂きたいわけではなく、「そういうファンもいるのか」とか、もっと言ってしまえば、「20年以上も活動しているんだから色々なファンがいて当然だよね」と感じて頂ければと書いたつもりです。


堂本剛が、一時代を築いたアイドルであり、数々の記録を持つジャニーズのエリートKinKi Kidsであり、連ドラ主演作15本を数える役者であり、ゆる芸やボヤキ芸やダメアイドルの先駆者であり、仲間音楽FUNKするミュージシャンであり、突飛なファッションを身にまとい突然建国したりを持って歌たりするエキセントリックなお兄ちゃんであり、奈良家族しラジオでリスナーの悩みに真摯に寄り添うアーティストであったりするように、ファンも色々です。

ファンそれぞれに自分の思う堂本剛像があるのですが、それら全てを背負うには剛くんはナイーブかつ真面目すぎるところもあって、ファン同士の間にモヤモヤした確執を残すことが今までにもたくさんありました。

本来であればそのへんの兼ね合いをマネジメント側が上手にしてくれるといいのですが、言わずもがなの状態ですし、剛くん自身にしても、既成の枠からはみ出すパーソナリティーが魅力の一つでもあり、マネジメントしやすいタイプとは言えなさそうです。

そんなところが、20代で一時期ガンガン攻めていた剛くんが30代にして仙人になった要因でもあるのかもしれないと思ってみたりもします。

 

“僕は、ファンが誰もいなくなっても仲間がいなくても、一人でも音楽を続ける。だから、みんなも僕に依存しすぎないでね。剛がいないと私…なんてやめてね”

“おじいちゃんになっても一緒にファンクしてたいよね”


去年、TU FUNK ALL STARS のライブで剛くんが言った言葉。
同じライブで、KenKenが剛くんにメールで贈った言葉から誕生したクソジジイファンクのコント。

記憶に頼っているのでどちらもニュアンスではありますが、印象深い言葉です。


なんにせよ、ファンは堂本剛について、過去も未来も、結局は結果論でしか語れません。

今も、剛さんにとって一番いいようになって欲しいと願うのみです。

 

どうも暗い記事になってしまったのは、平安神宮の中止よりも、最近の剛くんに関する報道に思うところがあるからなのですが、それはまた次回の記事で。

 

ちなみに、今回の記事のタイトルは、1stアルバム収録の『歩き出した夏』から。
2002年のROSSO~ライブと2004年のsiライブで、ここまで変わるかというほど曲調を変えて演奏した曲です。特にアウトロのアドリブの変化が印象深い。
どちらも大好き。


【平癒祈念】