HIGE DE BOIN

堂本剛ファンブログ

分かっていた結論のようなもの

この1週間、あまり仕事になりませんでした。
人と話したり外で動き回っていると普段のように仕事に集中できるのものの、社内でPCに向かうともうダメで、1時間ボーっとしては1時間働くの繰り返し。

私がこうも落ち込んでいるのは堂本剛が好きすぎるからでそれはもういいんですが、日常生活に支障をきたすのはどう考えても不味い。

なかなか気持ちを立て直せず、結果早出残業ずくしで家族に思いっきり心配かけましたが、落ち込んだときに大切な人が傍にいれくれるということは大きくて、まあなんとななりそうです。というかなんとかしなければ。

 

■悲しみ、音楽、そして分かっていた結論のようなもの

変わらない日々とはいえ、大袈裟な言葉を使うと世界が変わったような、前と全く同じには戻れないような気もしています。
でも、変わったのはもちろん世界でなく自分です。

そして、「人生ってのはそんなことの繰り返しだ」というのは、剛さんが歌い続けてきたことだったり、ライブで真剣にラジオで穏やかにバラエティで飄々と話してきたことだったりもして、剛さんって色々な経験をしてきたんだろうなと今更ながらに思ったりもしました。 

他にも色々なことを考え、自分が何にこんなにショックを受けているのかをつらつらと箇条書きにしたりもしたのですが、考えれば考えるほど分からなくなります。

剛さんの表現力の魂を揺さぶる尋常じゃない凄さは、ファンなら感じたことがあると思います。
例え何があろうともそこが失われることはないと心から信じていますし、剛さんが現状では無理と断言したプロとしての音楽に向かっていく姿もいつまでも見続けていたいし、剛さんの音楽がこれをきっかけに変わるとしても、常に変化し続けてきた剛さんに対してそれをどうこう言うのは無粋な気すらします。次のステージに進む剛さんを応援して見続けていたい。

ライブでの爆音を当分控えるとしても、ライブの音というのは一般人にも負担になるほど大きいので、大音量によるオーディエンスの熱狂やトランス状態がなくなろうと、そんなことは剛さんが音楽を伝えるのに何の影響もないんじゃないかと、変わるなら変わって全然かまわないと、あくまで個人的には無責任でありつつも思います。

こうして一つ一つ考えていくと、他にもとても書けないようなことも含めて、全てを前向きに捉えて応援できるのに、どうしてこうも苦しいのか。

つきつめると理由はなくなって、ただ悲しさだけが残ります。
純粋な悲しみ、それを癒すのは、もしかすると音楽なのかもしれません。

私にはミュージシャンにとって耳に不安を抱えるということがどういうことか分からず、剛さんがどういう環境なのかも知らないし、その心境は全く推し量れません。

ですが、剛さんの今の気持ちが分からないから不安なのかというとそういうわけでもなくて。むしろ、コメントもメッセージも出さなくていいから、ファンのことなんか忘れて治療に専念してもらいたくらい。
故郷でもいいしハワイでもいいし、ゆっくりできるならそうして欲しい。

先週のパーティーで、剛さんが「あと2週間は治療に専念して、それ以降は回復しなくても音楽の作業を再開する」と語ったと聞いた時も、ただ無理をしないで欲しいと思いました。今は自分のことだけを考えて休んで欲しいと。

ですが、ふと、剛さんは今何をしているだろうと考え、もちろん治療をしているんだろうと思った時に、それは自分のためであると当時に、再び音楽をオーディエンスに届けるため、すなわちファンのためでもあるんだと、ようやく、本当にようやく思い至りました。

この15年、色々な道があったであろう中で、シンガーソングライターという道を、その中でもリアルな自分を表現するというファンと直接に向き合う道を選んだ剛さんを見ていて、苦しみも多いだろうなと切なく思ったこともありました。

でも、それはこういう時にファンの応援を力にできる道でもあるのかもしれない。

治療も音楽の作業を再開するのも、剛さん自身の為であって欲しいと強く願いますが、再びオーディエンスの前に立ちたいという気持ちがモチベーションになるのかもしれない。

直接的に出来ることはないし、応援がどの程度届くかなんて分からないけれど、きっと、そういうことでもあるのでしょう。

とりあえずは、剛さんの回復を祈りながら、剛さんの音楽を聞いたりラジオを聞いたりTVを見たり、『銀魂』を見に行ったり、KinKiをTVで見たりと、いちファンとして今までと変わらない日々を送ろうと思います。
その中で、ラジオにメールを送ったり、ファンレターを書いたりもしていこうと思います。

分かりきっていた結論ですが、でも、そう思えるまで結構かかった。

 

【平癒祈念】