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堂本剛ファンブログ

『ぼくらの勇気 未満都市』('97)④ KinKi Kidsとの関連

まだまだまだ『未満都市』。今回で感想はラストにします。
今回書きたいのは、ドラマと実際のKinKi Kidsとの関連についてです。


<『僕らの勇気~未満・都市~』('97)>

このドラマ、当時も思ってましたが、実際のキンキにかなりオーバーラップさせてありますよね?
もちろん、そう思わせるのが櫨山Pの狙いだったんだと思いますが。

迷惑がかかるからと、家族や友達や恋人にも自由に会えない特殊な世界。そんな閉鎖された特殊な世界で大人の都合にふりまわされるって、まんま当時のキンキの状況やん、みたいな。

SMAPもまだ20才代で、40才になってもジャニーズ事務所のタレントが第一線で活躍するなんて想像もできなかった時代に「20才以上の大人は死んでしまう世界」というのも暗示的ですし、最終話、幕原=自分達の世界からいきなり放り出され戸惑うというのも色々と連想させられて切なくなります。
幕原の子供たちの「ヤマトとタケルが助けてくれる」という期待や、タケルの「アイツとはなりゆきで一緒にいるだけだから」というセリフもキンキに重ねると印象的です。

そう考えると、最終話、大人たちに戦いを挑み、一時は玉砕を覚悟するも、同じ結論に達する二人はいいなと思いました。

「外の世界で勇気ある大人になろう」

「中の世界」が当時のキンキのいる世界のメタファーだとすると、いずれは「外の世界」に行かなくてはならない時がくる。それも遠い未来でなく、彼らが大人になる時。アイドルでいられなくなるとき。

当時、トップアイドルとして怒涛の日々を送っていたKinKi Kidsですが、その人気は日テレ土9抜きにして語れず、また同時にキンキの二人が土9の基盤を作ったともいえると思います。すっかりCX派の今のキンキからは考えられませんが、確かにあった日テレちゃんパワーとの蜜月時代。
少年時代を終え大人になり、いずれはアイドルとしてだけではやっていけない時が絶対にくるであろうキンキへの制作側からのメッセージ…ってのは、いくらなんでも穿ちすぎですが、当時はそんな風にも見えたような気がします。


とはいえ、現実はこのドラマと違い、時代はSMAPを筆頭に大人になってもアイドルでいる存在を求め、KinKi Kidsもあれから20年、ずっとアイドルです。たぶん。

「中の世界」は彼らを放り出すことなかったものの、この20年間、KinKiの二人はそれぞれの場所で自分の表現を確立すべく戦ってきました。

剛くんは、ここ10年ほど「外の世界」と「中の世界」のバランスにかなり苦労をしていました。外に出ることで広がった世界。中の世界がある為に出来ないことや制限されること。
以前は表現の中に「闘う」という言葉を多用して、かなりストレートに苛立ちを表していた剛くんですが、最近はバランスを取るのが上手くなった一方で、諦めのようなものも垣間見られるようになりました。
ファンとしてはずっとこのままだとは思っていなかったりもするのですが(どんどん変わっていくのが剛くんだし)、どんな環境でも粘り強く表現と自己に真摯に向き合う剛くんはいつでも印象的です。
私は光一さんのソロはあまり知らないのですが、光一さんも自分の立ち位置についてきっと思うところもあるだろうと思います。

 20年後の今夏放送される続編は、今のKinKi Kidsをどう描くのでしょうか。
SMAPが解散、何人かが独立することになった今、「中の世界」や「外の世界」という言葉が改めてリアルな響きを持って迫ります。

「中の世界」も「外の世界」も生きるのは自分。繋がっているんですよね。


それと、オーバーラップといえば、やっぱり二人のキャラ。
ドラマ放送前は、二人ともヤマトとタケルについて「自分と逆の性格の役」だと言ってましたが、それぞれ、役に近い部分もあったと思うんですよ。

当時、櫨山Pがどこまで意識していたのかは分かりませんが、そう見えるところがたくさんあったように思います。だからこんなに語ってしまったのかも。

そして、あの頃よりも今の方が、二人ともそれぞれヤマトにタケルに近くなっている気がしてなりません。
うーん。ハゼPって慧眼。